光源氏の光の色2010/05/22 23:50

源氏物語の名を知らぬ人はまずいないだろう。しかし、この物語を読みとおした人は案外少ないのではないかと思う。僕はといえば、最初は無謀にも原文に挑戦し、桐壺で早くも敗れ去った。その後、ふたたび思い立ち、今度は谷崎潤一郎の現代語訳に挑むことになる。他の本に何度も浮気をしながらも、なんとか読みとおすことができたのは、ほぼ一年後だった。

源氏物語といえば光源氏を中心とした物語である。光源氏は女性にとってたいそう魅力的な人物で、つぎつぎと女性遍歴を重ねていく。まったくうらやましい男である。実はそれだけではない。頭が良くて、思いやりと強さを兼ね備えた性格を持ち、長じてからは優れた執務の手腕を発揮した実力者でもあるのだ。凡人の僕からすれば、けっこういやな奴にも思える。美しさと賢さから、子供のころから「光る君」ともてはやされ、それが光源氏という呼び名につながっている。ちなみに源氏というのは臣籍の降下した皇族を指す言葉なので、光源氏は「光る源氏」の意味であり、本名ではない。

ところで、「光る君」である光源氏の光は何色だったのだろうか、ということが気になってしかたがない。桃色と言ってしまうとなんとなく浅はかすぎる気がする。金色に輝いていたかと言えば、そんな成金的なぎらぎらという感じでもない。

少し視点を変えて、光源氏の正妻の色を見てみよう。光源氏の正妻は、葵の上、紫の上、女三宮の三人だ。紫の上は正式な手続きを踏んでいないので正妻ではないということであるが、実質上ということであれば正妻としてかまわないだろう。

まずは葵の上。日本の伝統色には葵色というのがあり、薄青と薄紫の重ね色目となっている。重ね色目とは、着物の生地の表裏や、重ね着で用いる異なる色の組み合わせのことを指す。また、両方の色を織り込んだ生地も重ね色目と言われるらしい。葵色は、ざっくりといえば、紫と青の中間くらいの色だろう。葵の上と夫婦であった時期、光源氏は駆け出ながらも出世街道を走りはじめていた。最初は盛り上がらなかった夫婦仲がようやく深いきずなで結ばれはじめたとき、葵は光源氏のアバンチュールの相手の一人である六条御息所の生霊に殺されてしまう。

さて、二番目の正妻が紫の上。その名の通り、色は純粋に紫だろう。紫の上は、光源氏が願って手に入れた妻である。紫との結婚生活の時期は、光源氏絶頂の時期にあたる。女性問題による失脚で、いったんは須磨に都落ちしたものの、神がかり的にすぐに帰京の運びとなり、その後はとんとん拍子で出世街道まっしぐらだ。ついには准太上天皇(天皇に准じた位)という破格の扱いを受けるにいたるのである。しかし、この絶頂は、女三宮の登場で崩れ去ってしまう。

最後の正妻が女三宮。名前がない。そして色がない。二人の間には愛情が生れぬまま、結局、女三宮が柏木との不義の子、薫を生み、その苦悩の中に夫婦生活は幕を閉じる。光る君であった光源氏から光を奪ってしまったとすれば、女三宮は無色というよりは、むしろ吸収体のような存在だったともいえる。光源氏は、この時期も紫を愛していた。しかし、紫の上がわが身の不安定さをはかなんで病死してしまうと、光源氏はその光をまったく失い、そして出家してしまう。

こうやって見てくると、光源氏の光は、正妻の色が葵色(青と紫の中間:波長は430~450nmくらい)のときに強さを増し、紫(400~430nmくらい)のときにその輝きは絶頂期を迎え、無色(あるいは吸収体、黒かもしれぬ)のときに輝きを失う。このことから察するに、光源氏の光は、自ら光る自発光ではなく、女性の光によって誘起されるフォトルミネッセンスであったのではないかと考えられる。葵色よりも光エネルギーが高い紫色でその輝きが強くなったということも、この考えを支持しているように思える。その色は、青よりもエネルギーが低い緑や黄色、赤などだろう。妻の発する光と混ざれば、白っぽく輝いて見えたかもしれぬ。そして、紫の死であっという間に光を失ってしまった、すなわち、発光の寿命(発光の尾引きの時間の長さ)が短かったということから、発光寿命が長い燐光ではなく、蛍光がその発光の正体であると、酒に霞んだ僕の頭脳は結論を下すのだ。

そうか、光源氏は女性の光を浴びなければ光れない蛍光体であったか。僕なんぞは、たとえその輝きは弱くとも自ら光る自発光体になるのだと力んではみるのだが、妻に言わせると、女性は自分がいなければどうしようもない、という男ほどそばにいて何とかしてあげたいという気持ちになるらしい。少しくらいは光源氏にあやかりたい僕は、やっぱり蛍光体でもよいかな、などとよろめいてしまうのである。