87話. 風呂の湯に満ちる光2013/02/10 22:37

家の風呂を最後に使ったので、僕は湯につかったまま浴槽の栓を抜いた。特に理由も無く、その場にたたずんで水かさが下がっていくのをじっと眺めていた。湯面が足首くらいまで浅くなったときに、ふと気が付いた。湯の中にある僕の足が、湯の外に出ている部分に比べて妙に白く見える。気泡でもついているのかと思いながら、湯中の足を手でこすってみたが、とくに変化が無い。なんだこりゃと理由を考えている間に浴槽はすっかり空になってしまった。さて、翌日、今度は湯がたっぷりと溜まった浴槽の中で同じ観察をしたが、このときには特に湯の中の自分の体が明るいわけではない。だから、湯がある程度深いときには湯面下の体の部分が白く見えることはないのだ。今度は、その場で立って浴槽の栓を抜き、湯面が徐々に下がっていくときにどうなるかを観察してみた。変化は徐々に進むので明確に変化するわけではないのだが、湯面が足首の上くらいになると、湯中の足が湯の外の部分に比べて明らかに白い。その状態で栓を閉じ、湯面を保ったままでじっくりと観察をしてみた。見る角度を変えてみても、見え方は変わらない。どうも、湯の中の足は白く見えているのではなく、湯の外に比べて明るい光に照らされているようだ。湯の量が少なくなるとなぜこのような変化が起こるのだろうか。

我が家の風呂の浴槽は光沢のある明るいベージュで、光の反射率は高そうだ。湯に入射する浴室の照明光は、いくぶんか通り道の湯に吸収された後に浴槽の壁で反射される。反射された光は通り道の湯にふたたび吸収されながら、水面、あるいは浴槽の別の壁に到達する。壁の角度は様々で、そして乱反射成分も含まれるから、湯面で全反射をして再度湯内に戻っていくひかりもあるだろう。湯の中ではこれが何度か繰り返されるはずだ。湯面が高い時には、照明光が湯内を駆け巡る経路が長くなり、水の吸収をずいぶん多く受けるから、湯内での反射の回数は少ないだろう。これに対し、湯面が低い時には、光は湯をほとんど経由せずに、すなわち吸収の影響をそれほど受けずに壁面に到達するので、湯内での反射はより多くなるだろう。だから、湯面の低い時には湯内により多くの光が閉じ込められることになる。それも、光は一方向ではなく、浴槽壁での反射の結果、さまざまな方向のものが混在することになる。浅い湯の中は光で見ているのだ。そんな状態の中に足があると、湯の外よりも明るい光でさまざまな方向から照らされた状態になる。それが、湯の中の足首が湯の外に比べて明るく見える理由なのだ。

と、納得した頃にはせっかく温まっていた体がすっかりと冷え切ってしまった。今夜は酒と湯たんぽの力を借りねばなるまい。

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