84話. ミクロの決死圏 光の限界を勘で打ち破る2012/11/18 22:27

子供の頃、「ミクロの決死圏」という映画を見て大いに興奮したことを思い出す。映画館ではなく、テレビで見た吹き替え版だ。内容は、要人の脳内出血を治療するため、縮小装置によって潜水艇ごとミクロサイズにまで縮小された医師達が、血管を通って患部にたどりつき、レーザー光線で治療をほどこすというストーリーである。ロゲルギストによる「物理の散歩道」では、この映画について、潜水艇があれほど小さくなると潜水艦が血液から受ける流体の性質は通常とは変わってしまい、潜水艇の航行はさぞかし難儀するのではないかということについて非常に論理的に述べられている。言われてみればその通りである。

さて、僕は光の観点からずいぶんと気にかかることがある。映画の中では、血管壁や、血液中の赤血球や白血球などが鮮明に表現されているが、通常は顕微鏡下でようやく観測できるそれらが、たとえ体が小さくなったからと言って、はたして肉眼で見えるのかどうか。

まず、ミクロ化された医師たちの大きさはどれくらいだっただろうか。たしかメンバーのひとり(こいつはスパイだったかな)が白血球に襲われるシーンがあったように記憶しているが、5~30ミクロンの白血球のサイズとほぼ同等の大きさだったはずなので、縮小された医師達はだいたい20ミクロン程度の身長としておこう。通常の人間の眼球のサイズはだいたい25ミリくらい。180センチメートルの医師が20ミクロンに縮小されているとすると、眼球の大きさは0.28ミクロン程度である。瞳の大きさはもっと小さいので、それを0.15ミクロンと仮定する。瞳のサイズと、瞳から見る対象物までの距離、そしてどの波長(色)の光をみるかということが決まれば、回折限界の式から、どれだけ小さいものが見えるのかという限界が簡単に計算できる。この式を用いると、波長550ナノメートルの緑の波長を、30ミクロンの距離から見るとすると、ミクロにされた人間の場合、どんなに高性能な目が備わっていたとしても、100ミクロンよりも小さいものは見えないという計算結果になる。20ミクロンの身長の人間からすれば、眼の前に拡がる景色は、たとえ小さな物体があったとしても、ぼうっと一様な色が見えるだけということになるのだ。だから、潜水艇の操縦席にあるスイッチや計器類はみな同じ面にしか見えなかっただろう。同僚の顔だって判別することはできない。まあ、1000歩譲って、潜水艇内では物理法則すらもいっしょに縮小されるということを受け入れたとしても、潜水艇外は全く通常の物理の世界だから、赤血球や白血球を判別することは不可能に近い。患者の血管の壊れた部分に正確にレーザー光線を照射するのだって難しい。(もっとも、レーザー光線も本当はビームにならず、ずいぶん拡がってしまうから、そもそも治療も難しい気がする)。だから、体内に送り込まれた医師達には、見えないところでも何かを感じ取る人並み外れた勘と、それによって行動する潔さが必要とされたにちがいない。たとえそれがあったとしても、潜水艇にぶつかりそうな赤血球を避けながら見えないパネルを操作して潜水艇を操縦し、襲い来る白血球からしっかりと逃れ、ついには患部治療という任務を完遂することは万が一にも望みはないのではないかと感じてしまうのは僕だけではあるまい。

しかし、どうだろう。乗組員たちは数々の予期せぬトラブルさえも克服し、見事治療を成功させて生還してきたのだ。まったくもって、あっぱれとしか言いようがない。

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