48話. マジックミラー 誰も覗いちゃいない ― 2011/05/29 15:38
僕が、毎年泊まりにいく信州の民宿には、宿の外観には似合わぬ立派な温泉浴場がある。浴場には大きな窓があり、そこから見えるアルプスのパノラマは圧巻だ。ついつい、窓際に仁王立ちで山の景色を見入ってしまう。ただし、窓から見えるのは山だけではなく、人通りがある道や、向こうの宿もスコープの範囲内だ。公衆にむかって失礼な姿を見せてしまっているのではないかと、ついつい心配になってしまって、いちど、外から窓がどう見えるのを確かめにいってみた。窓はマジックミラーになっていて、昼間は明るい外光のみが反射して見えるし、夜は窓の外から明るいライトを照らしてあって、その反射光が強いので浴場の中は見えない。ああ、そういうことかと安心して、その後は気兼ねなく窓際に立ちはだかって景色を満喫している。
マジックミラーというのは、明るい側から見れば光を反射する鏡なのだが、暗いほうからは向こう側が見えるという光学素子だ。実際には、反射率を適度に調整した半透過鏡なのだが、場合によっては単なるガラス窓でも、条件によってはマジックミラーとして機能する。マジックとは言いながら、明るい側から見ても、暗い側から見ても、反射率、透過率は同じだ。だから、明るい側から見れば暗い側は見えないとは言いながら、実際には暗い側から明るい側にも光は漏れ出しているのである。
いま、反射率、透過率がそれぞれ50%のハーフミラーをマジックミラーとして使うとして、ひどく単純な状況でのマジックミラーの原理を考えてみる。晴れた日の屋外の明るさ(照度)はだいたい100000ルクス。これに対し、JISによる浴室の基準照度は75~150ルクスくらいということだが、ここでは100ルクスと仮定する。まず、窓の外から浴室を見たときには、外光の反射強度が50000に対して浴室内部からの外に透過する光の強度が50。すなわち、外光の反射光に対し浴室内部から透過してきた光はたったの0.1%となる。いっぽう、浴室内部から見れば、外から入ってくる光が50000で、内部の反射光が50だから、この場合、外から入ってくる光に対する室内光の反射は0.1%だ。人間が、差を感じることができる光の強度比率は2%程度ということだから、たった0.1%にしかならない浴室内部の光は、感じることができない。だから、外から見れば浴室の内部は見えないし、浴室から見れば自分の反射光は見えずに外の景色のみが見えることになる。外が暗くなる夜には、外側から明るい照明を窓に照らして、昼と同じ状態を保ち、外から浴室内が見えないようになっているのだ。
もしも、視覚が光の絶対値のみに依存していたら、たった0.1%の光でも感じてしまい、たとえマジックミラーをしても、浴室の中が丸見えになってしまうだろう。、しかし、そうならないところが人間の視覚の面白いところだ。エルンスト・ウェーバーによって、人間が感覚的に差を感じるのは、信号の絶対量ではなくて、ベースになる信号量に対する差異量の比で決まることが示されている。だから、実際には浴室の光は外に漏れだしているのだけれども、あまりにも外光が強いので、浴室内の景色は目には感じないのである。
もしも、充分なダイナミックレンジを持った撮像素子で適切な条件で観測すれば、マジックミラーを通して明るい側から暗い側が観測できるにちがいない。そのような撮像系があれば、僕が素っ裸で仁王立ちになって山並みに見とれている姿だって、外から撮影されてしまうかもしれないのだ。もっとも、それは物理的な話であって、僕の裸を見たい人など、どこにもいないだろうから、冷静に考えれば心配をする必要はなかろう。人間は物理量のみで行動している訳ではなく、感覚や好みなど、もっともっと深遠な何かによって動かされているのだから。
マジックミラーというのは、明るい側から見れば光を反射する鏡なのだが、暗いほうからは向こう側が見えるという光学素子だ。実際には、反射率を適度に調整した半透過鏡なのだが、場合によっては単なるガラス窓でも、条件によってはマジックミラーとして機能する。マジックとは言いながら、明るい側から見ても、暗い側から見ても、反射率、透過率は同じだ。だから、明るい側から見れば暗い側は見えないとは言いながら、実際には暗い側から明るい側にも光は漏れ出しているのである。
いま、反射率、透過率がそれぞれ50%のハーフミラーをマジックミラーとして使うとして、ひどく単純な状況でのマジックミラーの原理を考えてみる。晴れた日の屋外の明るさ(照度)はだいたい100000ルクス。これに対し、JISによる浴室の基準照度は75~150ルクスくらいということだが、ここでは100ルクスと仮定する。まず、窓の外から浴室を見たときには、外光の反射強度が50000に対して浴室内部からの外に透過する光の強度が50。すなわち、外光の反射光に対し浴室内部から透過してきた光はたったの0.1%となる。いっぽう、浴室内部から見れば、外から入ってくる光が50000で、内部の反射光が50だから、この場合、外から入ってくる光に対する室内光の反射は0.1%だ。人間が、差を感じることができる光の強度比率は2%程度ということだから、たった0.1%にしかならない浴室内部の光は、感じることができない。だから、外から見れば浴室の内部は見えないし、浴室から見れば自分の反射光は見えずに外の景色のみが見えることになる。外が暗くなる夜には、外側から明るい照明を窓に照らして、昼と同じ状態を保ち、外から浴室内が見えないようになっているのだ。
もしも、視覚が光の絶対値のみに依存していたら、たった0.1%の光でも感じてしまい、たとえマジックミラーをしても、浴室の中が丸見えになってしまうだろう。、しかし、そうならないところが人間の視覚の面白いところだ。エルンスト・ウェーバーによって、人間が感覚的に差を感じるのは、信号の絶対量ではなくて、ベースになる信号量に対する差異量の比で決まることが示されている。だから、実際には浴室の光は外に漏れだしているのだけれども、あまりにも外光が強いので、浴室内の景色は目には感じないのである。
もしも、充分なダイナミックレンジを持った撮像素子で適切な条件で観測すれば、マジックミラーを通して明るい側から暗い側が観測できるにちがいない。そのような撮像系があれば、僕が素っ裸で仁王立ちになって山並みに見とれている姿だって、外から撮影されてしまうかもしれないのだ。もっとも、それは物理的な話であって、僕の裸を見たい人など、どこにもいないだろうから、冷静に考えれば心配をする必要はなかろう。人間は物理量のみで行動している訳ではなく、感覚や好みなど、もっともっと深遠な何かによって動かされているのだから。