10話. 光速移動とアンチエイジング2010/07/19 20:58

   アンチエイジング(老化防止)は、人類にとって古代から続く永遠のテーマだ。最近では、おびただしい種類のサプリメントや化粧品が出回っていて、健康に気を使う人たちが多大な投資をおこなっている。薬の場合、実際の効き目に関しては、人それぞれで、まさにあたるも八卦あたらぬも八卦という状態だろう。

   ところで、もっとも確実に老化を遅らせることができる方法がある。それは、超高速で移動することだ。特殊相対論によって、物体が高速で空間を移動するときには静止している物体に比べて時間の進みが遅くなることがわかっている。このことは、実験的にも証明されており、実際に人工衛星の時間合わせなどに使われている。時間が遅く進むのだから、そのぶん老化も遅くなること請け合いである。毎朝、サプリを飲んだり散歩したりするかわりに、超高速でどこかへ行って帰ってくるという習慣を続けると、あるいは効果があるかもしれん、などと少し期待してしまう。

   この方法の効果は、特殊相対論のローレンツ変換の式を使えば、簡単に見積もることができる。式によれば、光速に近づくにつれて時間の進み方は遅くなる。光の速度の99.5%の速さで移動した場合には、時間の進み方は静止物に比べて半分になる。そして、光速で移動すれば、時間はまったく進まなくなる。「誕生日なんて来なくていい」という人は、これを試してみればおもしろいかもしれない。

    ただし、この方法にはいくつかの問題点がある。
   まず、現在の技術では人間が光速で移動することは不可能だ。だから、いま手に入るもっとも速い移動手段を使うことになる。一般人が手軽に乗れる速い乗り物と言えば、せいぜい飛行機であろう。たとえば、札幌に住んでいて、東京のオフィスまで毎日飛行機で通勤するとする。札幌-東京間の飛行機の巡航速度を800Km/h、飛行時間を75分と仮定すると、ローレンツ変換で算出される片道の時間の遅れは1.23×10 -9秒。毎日往復して、それを20年続けても、0.000018秒である。むむむ・・・。「さあ、あなたも今日から飛行機通勤でアンチエイジングを!20年続ければ0.000018秒も若返ることができます。」なんて言われても、ありがたい気はしない。

   あまり夢の無いことは言わないことにして、遠い将来、光速で進む乗り物(光速ビーグル)が実現されたとする。これで毎日、東京-札幌をこのスピードで通勤すれば、老化が防止できるだろうか。札幌と東京の間の距離を1000Kmとして、そこを光速で移動すれば、地上から見た飛行時間はたったの0.0033秒だ。搭乗者の時間の進みはゼロなのだが、これを20年間続けても、たかだか50秒程度たらずしか得をしない。

   1日2時間、年を取るのを遅らせようと思ったら、光速で宇宙を2時間ほどドライブすればよい。これを毎日続ければ、何もしていない人に比べて20年で2年弱、年齢の進みを遅くすることができる。子供のころからこの習慣を続けていれば、人生も成熟期になったころ、周りの人から「妙に若いですな」などと言ってもらえるかもしれない。実際には重力の影響も出てくるのだが、ここではそれを無視しての話だ。

   さて、光速で宇宙をドライブしているあいだは、自分自身の時間経過はゼロである。だから、ビーグルの発車ボタンを押した次の瞬間には、宇宙の旅は終わっているのだ。ビーグルはたしかに宇宙に飛び出して、また戻ってきてはいるのだが、時計の針はちっとも進んでいない。時間が進まないのだから、見るという行為も無いし、記憶だって生じない。だから、宇宙でゆっくり読書を、なんていうことだってかなわないのだ。一方、地上では確実に2時間が経過している。その間に人々は勉強したり、仕事をしたり、遊んだり、けっこういろいろなことを経験しているだろう。こちらといえば、その時間をまばたき1回くらいで過ごしてきたから、地上の人たちから「なんだか知らないけれど人より遅れている人」として、馬鹿にされることになるだろう。そうならないためには、2時間の遅れを取り戻すためにいろいろと頑張らなければいけない。毎日これでは精神的にストレスがたまりそうだ。さらに、光速巡航している間は体内時計も進まないので、地球の24時間とはズレが生じてくる。いわゆる時差ぼけだ。こうやって、精神的、肉体的にストレスがたまっていくと、たいそう疲れきってしまって、せっかく遅らせた時間以上に肉体高齢化が早く進んでしまうかもしれぬ。まったく元も子もない話である。

   光速移動によるアンチエイジング。これはいけると思ったのだが、少し考えが甘かったようだ。僕の場合、年を取るのを遅らせるのもそうだが、頭の回転を速くするサプリも必要のようだ。