8話. 夕焼けの夢2010/07/04 18:21

 子供の頃からときどき夕焼けの夢を見る。それは鮮やかな赤だ。目覚めてみると、そのときに何をしていたのか、あまりよく覚えていないのだが、とにかく鮮やかに染まった世界に身を置いていたことだけは、はっきりと記憶に残っている。

 夕焼けは、散乱によって起こる現象だ。水平に近づいた太陽からの光は大気中を長い距離進むが、波長の短い青や緑が早くに散乱されてどこかへ行ってしまい、波長の長い赤が最後まで散乱されずに届いてくるのが夕焼けである。そして、その光が僕らの目にはいったとき、網膜上の赤錐体、緑錐体、青錐体の反応の割合から、脳が赤色と判断しているのである。

 さて、家族の証言によると、僕は普通に眼をつぶって眠っているらしい。ということは、僕が眠っている間は、視覚は閉ざされているはずである。だから、僕が夢で見ている夕焼けは、大気の散乱現象を網膜で検知している訳ではない。僕の脳が勝手に作り出している画像だ。それにしても、あの鮮やかさ。たぶん、夢を見ている間、僕の脳の視覚野は、あたかも実物を見ているかのように活動しているはずである。

 ところで、視細胞という検出器からの入力が無い状態で、僕の脳の視覚野を活動させる源泉はいったいどこにあるのだろう。そして、脳の活動だけであたかも実際に物を見ていたかのような記憶が形成されていくのだとしたら、「見る」ということはいったい何なのだろうか。どうも、夢と現実の区別がつかなくなってきたが、酒で脳の活動が迷走しているせいだけではなさそうだ。