4. ラマン分光と愛人の関係 ― 2010/04/24 15:35
「ラマン」という単語を検索サイトで探すと、最初に出てくるのが「愛人/ラマン」(L’Amant)だ。愛人の契約を結んだ少女と青年が愛に目覚めてしまうという、いかにもフランスらしい物語である。映画にもなった。そして、わが「ラマン(Raman)効果」はL’Amantの後塵を拝し、2番目に登場する。
光が物質に入射した時、分子に含まれる結合部の固有の振動・回転等により光が変調され、その結果生じたうなりが、入射光とは異なる波長の光として観測されるということが、ラマン効果の古典的な説明である。ラマンという名は、この現象を発見したインドの物理学者チャンドラセカール・ラマンに由来する。ラマン効果を用いる分光(ラマン分光)は非常に便利で、測定したい物質にレーザ光を当てて散乱光のスペクトルを観測するだけで、その分子がどのような構造をしているのかがわかる。もっとも、実際の信号はかなり微弱で、スペクトルだって解読するのに知識経験が必要なので、それなりに手なずける必要がある。
僕の友人の一人は、このラマン(Raman)をこよなく愛している。彼はラマン分光を手なずけ、様々な物質の観測をおこなっている。エジソン電球の竹フィラメントの成分だってラマン分光で調べてしまうのだ。それだけではない。発見者のチャンドラセカール・ラマン本人、そしてその身の回りでおこったことなど、徹底的に探究しその造詣は誰をもうならせるのである。
私は彼ほどRamanを愛しているわけではないが、それでもRamanに気がある男の一人である。とはいっても、僕の場合、手なずけるほど深く付き合っているわけではないので、「表面増強ラマン(SERS)」という姑息な手段を使う。SERSとは、金や銀のナノメートルオーダーの凸凹表面に吸着した物質に光を照射すると、ラマンの信号が強く増強されるという現象を用いる分光法だ。金や銀を貢いで愛しのラマン散乱光にご機嫌よく現れていただくという方法である。信号増強の原理としては、金や銀で生じるプラズモン共鳴による強い光エネルギーによるという説と、非測定物質と金属表面のあいだの電荷の移動説が主流となっている。僕は、これに加えて、分子オーダーの空間で減衰する強烈にいびつな光強度分布、すなわち近接場光の効果が実は効いているのではないかと睨んでいる。
さて、金、銀の貢物の効果は絶大で、表面増強ラマンの手法を用いると通常では考えられないくらい強いラマンの信号が得られる。ときによっては、通常のラマンに比べて10の10乗倍以上も強い信号が得られるから驚きだ。あまりにもうれしくてラマンとの蜜月が始まる。しかし、ほどなく気がつくだろう。あまりにも多くのスペクトルが観測されるため、実際に何が起きているのかわからなくなってしまうことがある。スペクトルのピーク波長も、なんだかばらついているようだ。分子の振動の状況が金属の表面に影響を受けてしまっているのかもしれない。そして、本当に見たい物質のスペクトルが見えないことも多々ある。さんざんやって諦めかけたころ、突如、見たかった信号がどどーんとでてきたりする。そのような思わせぶりなラマンの駆け引きにこちらはすっかりのめり込み、気がつけば泥沼にはまって・・・。まったく、男女の関係のようではないか。
そんなことをとりとめもなく考えていると、RamanとL’Amant。「ラマン」という呼び名以上に、なんだか関係性が深いように思えてきてしまうのだ。
光が物質に入射した時、分子に含まれる結合部の固有の振動・回転等により光が変調され、その結果生じたうなりが、入射光とは異なる波長の光として観測されるということが、ラマン効果の古典的な説明である。ラマンという名は、この現象を発見したインドの物理学者チャンドラセカール・ラマンに由来する。ラマン効果を用いる分光(ラマン分光)は非常に便利で、測定したい物質にレーザ光を当てて散乱光のスペクトルを観測するだけで、その分子がどのような構造をしているのかがわかる。もっとも、実際の信号はかなり微弱で、スペクトルだって解読するのに知識経験が必要なので、それなりに手なずける必要がある。
僕の友人の一人は、このラマン(Raman)をこよなく愛している。彼はラマン分光を手なずけ、様々な物質の観測をおこなっている。エジソン電球の竹フィラメントの成分だってラマン分光で調べてしまうのだ。それだけではない。発見者のチャンドラセカール・ラマン本人、そしてその身の回りでおこったことなど、徹底的に探究しその造詣は誰をもうならせるのである。
私は彼ほどRamanを愛しているわけではないが、それでもRamanに気がある男の一人である。とはいっても、僕の場合、手なずけるほど深く付き合っているわけではないので、「表面増強ラマン(SERS)」という姑息な手段を使う。SERSとは、金や銀のナノメートルオーダーの凸凹表面に吸着した物質に光を照射すると、ラマンの信号が強く増強されるという現象を用いる分光法だ。金や銀を貢いで愛しのラマン散乱光にご機嫌よく現れていただくという方法である。信号増強の原理としては、金や銀で生じるプラズモン共鳴による強い光エネルギーによるという説と、非測定物質と金属表面のあいだの電荷の移動説が主流となっている。僕は、これに加えて、分子オーダーの空間で減衰する強烈にいびつな光強度分布、すなわち近接場光の効果が実は効いているのではないかと睨んでいる。
さて、金、銀の貢物の効果は絶大で、表面増強ラマンの手法を用いると通常では考えられないくらい強いラマンの信号が得られる。ときによっては、通常のラマンに比べて10の10乗倍以上も強い信号が得られるから驚きだ。あまりにもうれしくてラマンとの蜜月が始まる。しかし、ほどなく気がつくだろう。あまりにも多くのスペクトルが観測されるため、実際に何が起きているのかわからなくなってしまうことがある。スペクトルのピーク波長も、なんだかばらついているようだ。分子の振動の状況が金属の表面に影響を受けてしまっているのかもしれない。そして、本当に見たい物質のスペクトルが見えないことも多々ある。さんざんやって諦めかけたころ、突如、見たかった信号がどどーんとでてきたりする。そのような思わせぶりなラマンの駆け引きにこちらはすっかりのめり込み、気がつけば泥沼にはまって・・・。まったく、男女の関係のようではないか。
そんなことをとりとめもなく考えていると、RamanとL’Amant。「ラマン」という呼び名以上に、なんだか関係性が深いように思えてきてしまうのだ。