2話. 雷様の光と音2010/04/13 22:31

 夜中に雷が光った。しばらくしてから、爆弾のような音が家を震わせた。光の速度は毎秒30万Km。音の速度は毎秒340m。だいたい6桁くらいの差だ。この差が、光と音のちぐはぐを生み出す。ところで、目の前3mの位置に座っている妻が突如怒って金切り声をあげたとしたら、どうか? 光が3mの距離を進むのに要する時間は10ナノ秒(1億分の1秒)。一方、音が聞こえるまでに要する時間は約0.009秒、ざっくりと100分の1秒である。光が届くまでの時間は音が届くまでの時間に比べて無視できるほど小さいから、妻が不機嫌な顔で口を動かすのが見えてからおよそ100分の1秒後に金切り声が聞こえてくることになる。雷のミニチュアが再現されているようなものだ。

 私たちが光を感じる第一歩は、視細胞に含まれるロドプシンが光によって反応を起こすことである。この反応時間はだいたい10000分の2秒くらいとのこと。すなわち、この時点では、100分の1秒は完ぺきに分解できるはずである。この反応の信号が神経を伝わって脳に届くまでの時間は1ミリ秒、すなわち1000分の1秒くらい。まだまだ100分の1秒は検知できる範囲内である。しかし、妻が怒っていると認識するためには、脳の中で複雑な処理が必要となる。この処理に、どうも数10の1秒程度の時間がかかるらしい。だから僕は妻が怒った顔を見せた瞬間と金切り声を浴びることを同時に感じるのだ。もしも、脳の認識の処理が1000分の1秒くらいの速さだとしたら、怒った顔を見てから金切り声をかわす行動を起こすことができるかもしれない。(私の肉体がものすごい加速度に耐えられるという前提であるが。)

 しかし、考えてみれば、そんな高速処理能力を持っていたとしたら、ほとんどくっついていない限り会話は、口パクのあとに声が聞こえてくるという、なんだかまぬけなものになってしまうだろう。声が聞こえてくるまでの間に相手が何を言っているのか、いちいち想像してしまったりして、たいそう疲れることこのうえないにちがいない。そう考えると、程よい距離で顔の動きと声が同時に感じるくらいの脳の処理能力は、絶妙なる自然の采配であると感じるのである。