82話. 虹と飛ぶ2012/09/17 18:15

 学会があって松山に行ってきた。学会期間中は晴れていたが、帰る日は強力な台風が沖縄を通っている影響で、松山もあやしい天気だ。強く降りだした雨の中、台風から逃げるように飛行機は四国を離れた。雨雲を抜けると上空は雲たちの世界だ。雄大に発達した入道雲や、それに従うような小入道たちが青空の中で太陽の光を浴びて輝いている。やがて、紀伊半島上空あたりからは、ところどころ雲が切れ、海面や地表も見える。小入道たちが金色に光っているのに、それより高いところにかかる薄い雲が暗く見えるのは、すでに太陽が傾いていて、低い雲には上から、高い雲には下から光が当たっているせいだろう。太陽と反対側に伸びる薄明光線も、上から見ると雲が空中に影をつくっているせいだということがよくわかる。夕陽を背中から浴びながら飛んでいる飛行機の前方にはときどき切れ切れの虹が見える。発達した雲が雨を降らせているのだろう。

 そんな光の競演を見飽きることも無く眺めていたら、そのうちに飛行機の下前方に虹が見え始めた。虹のリングの下の部分だから、地上とはアーチが逆で、翼とはほぼ平行に見える。飛行機の前方、すなわちアーチの内側が紫で、青、緑、赤へと色がつらなっている。時間とともに、それらの色はより鮮やかになり、主虹の手前には副虹も見え始めた。副虹は、主虹とは色の並びが反対で、前方が赤く、後方が紫だ。主虹は水滴に屈折して入射した光が内部で一度だけ反射し、ふたたび屈折をして外に出てくる光で、副虹は、水滴内部で主虹のときとは逆方向に進む光が2度反射してふたたび水滴の外に出てくる光だ。偶然ではなく、厳然とした物理法則のもと、副虹は主虹の外側に現われ、そして色の並び順も逆になる。そんな主虹と副虹の水滴の中での光路を想像し、ふむふむとひとり納得しながら眺めていると、虹はよりいっそう鮮やかさを増してきた。僕は飛行機の中の人たちに大声で教えてあげたくなったのをおさえ、ひとり小さな声で“すごい”とつぶやいた。虹の色は、まるで色ずれをしたカラー印刷のように原色が層をなしている。こんなに濃い原色の虹は、いままで見たことが無い。主虹の紫の前方が白くかすんでいるのは、水滴の表面で反射する光によるものだろう。まるで飛行機とともに虹が地球の表面を掻きだしているような景色だ。カメラをかばんに入れたまま天井の棚にしまってしまったことを後悔してももう遅い。この景色をしっかりと自分の目に焼き付けておくだけだ。やがて虹はその色を少しずつ失い始め、副虹、主虹の順番で消えていった。

 その後、もう虹が現われることはなく、すでに電飾がはじまったディズニーランドや東京スカイツリーなどの都会の夕景をかすめながら飛行機は羽田空港に着陸した。地上からは見事に赤く染まった高層雲が見える。あの雲を上から見れば、いまは暗く見えるのだろうなどと考えながら、今回の旅は終わりを迎えた。