15話. 色即是空 ― 2010/08/29 21:46

   連日、猛暑続きだが、夕焼けが心を和ませてくれる。昼の間は乾いていた空が、だんだん茜に染まっていく様子を見ていると、空が色を生み、また、色が空を作り出しているように感じる。なぜか、「色即是空」という言葉を思い出してしまった。

   「色即是空」。実際には、この世の物質的な現象は実態の無いものである、という意味である。対になる言葉として、「空即是色」という言葉がある。それは、実態の無い無の中にこそ質的な現象が生まれる、というような意味である。般若心教の教えだ。まるで禅問答なのだが、真空にもエネルギーがあり、何かが生まれる余地があることを示す量子力学と重なるところがあって、実はずいぶんと意味深なのである。

   ところで、中学生の時、僕は同級生のS君から色即是空の意味を教わった。それは、男女の色事は道徳的に空しいものであるから慎むべきものなのである、というような事であった。まだ純粋だった僕にとってその言葉は重くのしかかってきた。以来、恥ずかしながら、けっこう最近に至るまで、色恋沙汰というのは罪悪を含むものなのだという意識が常に心の片隅に居座り続けていた。だからといって決して純粋無垢に生きてきたわけではないけれども・・・

   だから、般若心教をきちんと読み、その意味を知ったときには、いままで随分といらぬ心労を抱えてきたものだと少し悔しい気持ちになった。同時に、心の重しがとれてすっきりとした。だからといって何をするわけではないが、すっきりするに越したことはない。

   まあ、考えてみれば、見も知らぬ男女同士がふとしたことで心を寄せあっていくのだが、真のところは結局お互い知らぬままというのは世の常であるし(色即是空)、下心の無い時のほうがなんだか知らないけれども何とかなっちゃった(空即是色)、というのもよくあることだ。もしかしたら、S君はませていたので、中学生にしてそんなことを悟ってしまっていたのかしらん、などど、今日の夕焼けはそんなところまで僕の思いを巡らせてくれたのだ。