77話. 水滴の光の輪2012/06/02 22:04

立派な傘を持っても、すぐに無くしてしまうので、最近はもっぱら透明なビニール傘を使っている。作りがチープで、風が吹けばすぐに壊れてしまうが、透明で空が見えるからけっこう気分も良い。

透明傘を使っていて、前から気になることがある。傘の外側についた水滴を内側から見ていると、たしかに水滴のレンズ効果によるものという光の分布が、一滴一滴それぞれに見える。空の光が集光され、水滴の中心部分が明るくなって見えるのだ。もちろん、空と目の角度の関係によって、明るい部分が中心部からずれて、水滴の端のほうに偏ることもあるが、それにしても、明るい部分はひとつの塊となって現われる。ただ、それは傘の向こう側が明るい時の話だ。建物などによって向こう側の光がさえぎられるような場面では、今度は水滴の周縁部に明るい光の輪が見えるのだ。水滴の中心部がに光の塊が見える時と、周縁部がリング状に明るくなる時、それぞれ、光はどこから来ているのだろうか?

傘の向こう側に手をやったりこちら側に手をかざしたりしても、雨降りの路上では集中できず、というか、変な人に見られてしまいそうで、なかなかじっくりと確かめることができない。(実際、通勤途上でやっていたら、胡散臭い目で見られたのだ)。そこで、家ですこし実験をやってみた。

CDのケース。これは透明傘と同じくらい水をはじくから、程よい水滴ができる。CDケースを開いてプラスティックの単板の状態を作り、ここに水滴を作って、プラスティック板の下側から(CDケースの板を通して)水滴が放つ光を観察してみる。水滴の上に部屋の照明がある時には、水滴の一部に明るい光の塊が見える。明かり照明の入射する角度が変わる様に位置を変えてみればこの光の塊の位置もずれるし、手をかざして水滴に入射する光を遮ると光の塊は見えなくなるから、あきらかに、見えている光は照明からのものだろう。

さて、問題は手で照明を遮ったときである。このときには、水滴周縁に明るい光の輪がはっきりと見える。まず。遮っている手を動かしてみると、このとき、光の輪はまったく影響を受けず、光の内側に、自分の手のものであろうと思われる肌色の光がうごめいているから、中心部分からの光は向こう側からの光であるが、光の輪は、それと異なる方向から来た光であることが予想される。

こんどは、水滴を向こうに見て、プラスティック単板のこちら側に手をかざし、その手を動かしてみる。するとどうだろう。たとえば、手を水滴の右側から水滴のほうに近づけていくと、手がある場所まで来ると、光の輪は、手をかざしている方とは反対の左側から暗くなる。反対からやってみると、光の輪の暗くなりかたも反対になる。この実験から、どうも光の輪を作り出していのは、水滴のこちら側からプラスチック平板を通して水滴に入射した光であり、また、その光は、水滴の中で反対側の周縁部に乗り移ったあとにでてきているということが予測される。照明が直接あたっていなくても、床などの反射光によってこちら側から水滴に入射する光はたっぷりとあるのだ。

プラスチックの板に上にできた水滴は、プラスチック側が平面、その反対側が凸面となったレンズ形状をしている。水滴がレンズの役割をするから、水滴側から入ってきた光は集光され、こちら側から光の塊が観測される。一方、こちら側から入った光はプラスチック平板を通してレンズ効果を受けずに水滴内部に入射する。中心部に入射した光は、水滴から向こう側に出ていくときにレンズ効果を受けて集光されていくだろう。しかし、周縁部、すなわち水滴がプラスチック平板に対して急角度になっている部分に入射した光は、水滴内部で全反射される。ある角度で全反射された光は、水滴の反対側の周縁部に飛び、そしてそこでもう一回全反射され、プラスチックの板を通して、もと来た方向に光を返すに違いない。このようなことが水滴の周縁部のどこでも起きるから、結局、それが光の輪として観測されるのだ。水滴の周縁部のみキャッツアイになっているということである。もともと、光の塊と光の輪の両方が存在するのだが、向こうから入射する照明の光を遮ると、光の塊が消えて光の輪のみが見えるようになる。予期していないものが見えたから、突然光の輪が現れたように感じてしまうのだろう。
ちなみに、水滴がプラスティック板のこちら側にある時には、こちら側から水滴に入る光はレンズ効果を受け、また、内部で全反射する状況も生まれないので、光の輪は見えない。

上記の状況は、直径20mmの半球レンズを用いた実験で、よりはっきりと観測可能されたから、きっと推定原因は正しいにちがいない。そして同様の現象は、家の窓ガラスや車の窓ガラスなどでも観測できる。雨の夕暮れ時に職場の窓ガラスに現われる数多くの光の輪は見事なもので、ついつい見とれてしまう。先日も、光の輪をじっと観察していたら、通りすがりの職員に奇異な目で見られたから、まあ、人通りの多いところではあまり観察にふけらないほうがよさそうだ。